地に足がついた会計学を

 今回は、経営学科の川本淳教授です。グループ企業を繋ぐ連結会計を専門となさっている先生。会計学における研究の意義と、現在の会計の分野についてお話を伺いました。           
     (取材・構成 下里豪平)
        
 二つの研究方法
 会計学にも、他の学問と同様、理論研究と実証研究という二つのアプローチがあるという。理論研究は、物事の有り様を机上の理屈から想像していくもの。実証研究は、主として統計的手法を用い、現実がどうなっているのかを観察しようとする方法だ。
「二つの研究方法には、良い面、悪い面が共にあります。会計学でも、両者が相互補完しながらバランスよく研究が進むのが望ましいのですが、現在は実証研究が先走りしているのではないかとみています」
 この現況における会計学に、先生は警告を発している。研究が一方に傾くことによって、一体どのような弊害が生じるのだろうか。
「実証研究では、用いる手法によって、事実はこうであるという結論が変わってくることが珍しくありません。極端な話、望ましい結論を出すために、都合のよい手法を研究者がわざと選択することもあるのです。また、いくら事実が正しく観察できたとしても、それがどういう理屈で起きたのかがきちんと説明できないのでは、怪奇現象の発見にすぎません。ちゃんとした手法や理屈を欠いたまま、とにかく事実はそうなのだ、という結論が独り歩きするのが一番怖いことなのです」
 そんな会計学の世界について、先生は実証研究が理論研究を置き去りにして暴走することのないよう、ブレーキをかけていきたいと述べた。
 新しい教科書の作成へ
 先生は現在、新しい教科書の作成を進めている。そのコンセプトは「会計の勉強をしている人にも、していない人にも解りやすい優しい教科書」だ。
「現在出回っている教科書には、初めて会計に触れる人にとって親切なように、従来にはない工夫がみられます。しかし、きちんと勉強をしている人には不適切ではないかと感じる箇所もあります。会計学にも、当然、説明するのが難しい理屈もあります。だからといって、そこをいい加減な説明に置き換え、初心者を解ったつもりにさせることは許したくないのです」
 教科書そのものの捉え方を、先生は「考え方を学ぶもの」と解釈している。小手先だけの知識ではなく、何にでも通用する考え方を残すこと。学生たちにもその意味を掴めるよう、先生は様々な思考を重ねている。
「自分は会計にどう向き合ったらよいのか、を学べる教科書を作ろうと考えています。知識だけを詰め込んだ教科書では学んでも何も残りません。知識は忘れるものですから。しかし、会計に対する構え方を学ぶことで、どういう場面で会計が役に立ち、役に立たないのか、という会計の本質が心に刻み込まれると考えています。それは卒業してからも、仕事などに生かされるものと信じています」
 また、先生は会計学の価値をむやみに煽る現在社会の風潮にも危機感を募らせている。会計は必要不可欠、とさしたる根拠もなく宣伝する世論の無責任さに憤りを感じているのだ。そして、世論に流されずどう大学生活を過ごせば良いかを説いていただいた。
「起こったことをどう記録するかが会計の問題です。しかし、仕事でむしろ大事なのは、これからどうするかなのです。会計記録は、この問題を直接解決してくれません。したがって、仕事にすぐ使えるかどうかで評価するのだとしたら、会計学はよい選択肢とは思えません。しかし、会計学に限らず、大学で専門を学ぶ意義は、それぞれの領域の考え方に触れ、心に刻むことにあります。学生は大いに学んで視野を広げてください。知識については本を見ればすぐに思い出せるので、忘れてしまっても構わないのです」
 今後の展望を形作り、会計の本質をしっかりと見据える先生。先生の飽くなき研究への追及は、会計学をあるべき道へ導いていくだろう。
 PROFILE
川本淳(かわもと・じゅん)
1993年東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。93年に都立大学に勤務、96年に博士(経済学)授与。2005年より現職。