生き物と親しめる空間へ

 様々なかたちで私たちを楽しませてくれる水族館。では、創る立場の人々にはどのような想いがあるのだろう。そこで、横浜・八景島シーパラダイスの館長、布留川信行さんにお話を伺った。
 はじめに、水族館の展示方法は、これまでどのような変遷を遂げてきたのか聞いてみた。「かつての水族館は、生き物のみに焦点を当てた見せ方が主流でした。しかし、約15年前の大型水槽の登場により、魚の棲む海そのものの様子を再現できるようになったんです」。だが、布留川さんの考えはもう一歩進んで、実際に生命の息吹が感じられるような展示が目標であった。「そこで必要なのが、生き物と直にふれあえる場所や、動物たちの躍動を伝えるショーです。さらに、生き物たちにとっても制約のない環境で、人も癒しを感じられる展示を目指しています」。
 では、生き物と癒しはどう関連しているのだろうか。「最近、癒しという言葉をよく耳にしますが、それは今、人間自体がとても疲れているからなんですね」と布留川さんは言う。それゆえに、社会全体が癒しを求める風潮にあるのだろう。「そんな欲求に対して、生き物がかなり貢献できます。例えば、イルカと交流することによって心の病を治療する『ドルフィンセラピー』というものが挙げられますね」。そのように、動物たちと接すれば人は自然と素直な気持ちになり、心の安らぎを得られるのだという。「それを手助けできるのが、私たちのような生き物に携わる人間だと考えています」。
 またシーパラダイスでは、自然保護の活動も行っている。「身近なところでは、東京湾の地引き網漁で数が減っているアマモという海藻の繁殖を手伝っています」。アマモは、魚たちが産卵・孵化を行う海のゆりかごのような存在なのだそうだ。「生き物を展示するには、彼らを自然界から連れてこなければなりません。その際に、生き物の生息する環境が破壊されていれば、元の状態に戻すよう努力しています」と布留川さんは語る。生き物を真に思いやる上で、環境にも目を向けていくことは不可欠なのだろう。
 最後に、布留川さんにとって理想の水族館像を尋ねると、「人間中心にならず、生き物と人の両方が空間や感動を共有できる場であってほしいと思います」と話してくれた。どちらかの都合に良いものではなく、近い距離の中で互いに親しめること。布留川さんの目指す水族館は、そのまま広げていけば人間と動物の共生の望ましい在り方であるといえるだろう。
 海の生き物を通して、多くのメッセージを伝えてくれる水族館。今後も、進化し続けるその姿に期待したい。(市川美奈子)