「新たな日本的経営を求めて」 無形資産投資の重要性 経済学部経済学科宮川努教授

 今回は経済学科の宮川努教授に、企業のビジネス戦略と投資行動についてお話を伺いました。先生はマクロ経済学・国際マクロ経済学を主な研究テーマとされています。(取材・構成 伊藤桃子)
研究テーマとの出会い
 先生は、以前勤めていた銀行で有形資産投資中心の研究調査業務に携わっていた。そこで長年調査を進めるうちに、次第に無形資産投資の重要性について考え始めたという。
「日本の景気動向を見る上で、有形資産への設備投資について考えることは非常に大切です。ですが、それだけではどうも日本経済は活性化しないのではないかと疑問に思い、段々とそのことが自己の問題意識として定着していきました。企業や経済全体がどれだけ無形資産を蓄積しているか、研究する必要があると強く感じるきっかけとなりましたね」
無形資産重視の時代へ
 かつて、日本のビジネススタイルこそが世界をリードしていると言われた時代があった。しかし、バブル崩壊で未曾有の大不況が訪れると、日本は既存のビジネススタイルの変革を迫られることになる。
「90年代に起きた社会経済の大きな変動の一つに、IT革命があります。それは、単に技術革新が起こっただけではありません。世界中のどこからでもアクセスを可能としたことで、ビジネススタイルそのものを新たに創造していかなければならなくなったのです。その中でもアメリカは、90年代後半にかけて先進諸国には考えられないような成長率を見せました」
 特許権やブランド価値、IT技術の革新に沿った高度な人材の育成による組織のフラット化。これらは無形資産に代表され、早くからこうしたものへの投資を重視したアメリカは、ソフトウェアの構築と共に企業そのものが進化を遂げることができた。しかし、日本ではもともと無形資産投資が有形資産投資に比べて少なすぎるため、両者のバランスが非常に悪い。先生は、今後の経済が安定するためにも双方のバランスを保つことが重要だと訴える。
「有形資産投資は増えれば増える程、その収益性が低下してしまいます。ですが、日本のメガバンクは非常に保守的で、融資の際は有形資産を担保として重視してしまう傾向にあります。要するに、企業価値のはっきりしている所にしか貸付を行わないのですよ。逆に、アメリカではベンチャービジネスへの出資が盛んで、無形的な技術を見込み将来的な企業価値を評価しようとする人々がたくさんいます。このような無形資産への蓄積に差が生じてしまうのは、日本の銀行の体制にも問題があると思いますね」
新しいビジネスモデルの模索
 無形資産投資を軽視しがちな日本ではあるが、最近になり、一部の有力企業は海外に直接投資を行っている。会社のシステムそのものを現地に移植することで、工場や店舗を経営する企業もあるのだ。このように、日本の企業の中には、新たな経営方法を模索しているところもある。
「日本が昔から得意とする『ものづくり』の仕組みを活用して、収益を上げている企業がいくつかありますね。けれども、日本国内でものを製造し輸出するだけでは従来の有形資産を用いた経営に過ぎません。そうではなく、製品を作るプロセスや、会社の経営システムそのものに価値をつけ、海外に向けて売り出していく。それは、製造業の分野で、無形資産経営の強みを生かしていける可能性が十分にあることを示しているのです」
 日本のブランドは、これからも世界に通用していくことができるだろう。だが、近年では安価な労働力と高度な技術力を兼ね揃えた中国などに、押されつつあるのも現状だ。グローバル化の波が押し寄せつつある中、日本経済は生き残りをかけた選択を迫られている。日本は、これからどのようにして無形資産を蓄積していけばよいのか。先生の飽くなき探求心は、日本経済の展望を形作っている。
 PROFILE
宮川努(みやがわ・つとむ)
 78年東京大学経済学部卒業後、日本開発銀行入行。99年より本学で教鞭を執る。06年に経済学博士号修得。著書に『日本経済の生産性革新』(日本経済新聞社)など。