旅立ちの一夜 〜夜行バス体験記〜

 深夜の東京駅。夜行バス乗り場の前、人々の姿は様々だ。老夫婦、出張のサラリーマン、それに外国人観光客。誰もがバスでの旅を心待ちにしているように見える。
 発車時刻の10分前、バスがやってきた。2階建ての大きな車両で、2階へは細いらせん階段を上ってゆく。トイレはそのすぐ下で、新幹線などと同様、トイレが空いているかは座席からランプで確認できる。また、運行区間の長い車両には、トイレの脇に飲み物のコーナーもあるようだ。座席はすべて指定席で、縦3列になっている。前後左右の間隔が大きく取られているので、背もたれを倒し、足を伸ばしてくつろいだまま発車を待つ。各座席には毛布とスリッパが用意されている。スリッパは使い捨てで、外国人観光客が記念に持ち帰ろうと話している姿が見えた。
 車内アナウンスが流れ、バスは静かに走り出す。発車してしばらくは一般道を走るため、どこか落ち着かない。だが、高速道路に乗り、車内が消灯される頃には、乗客たち皆が思い思いの時間を過ごしていた。
 途中、サービスエリアで休憩。深夜の駐車場は、仮眠をとるために入ったトラックばかりだ。昼間に賑わうみやげ屋はシャッターを下ろし、自動販売機だけが働いている。
 車内アナウンスに気づいて目覚めると、いつの間にか車内の明かりが点いていた。間もなく到着するようだ。バスはすでに高速道路を降り、街中を走っている。
 駅前に降り立つ。始発にはほど遠い時間。当てもなく、がらんとした構内を歩く。荷物を握りなおし、はやる気持ちを抑える。旅はまだ始まったばかりだ。(小倉正也)