文学部日本語日本文学科 安部清哉教授

 今回は、日本語日本文学科の安部清哉教授です。日本語学・方言学を研究されている先生。日本だけでなく世界にまで広げた視点で、言語について語っていただきました。(取材・構成 山田絵美)

  • 日本語と向き合うきっかけ

 先生は、日本語学の中でも特に意味や語彙、方言に興味を持った。
「大学入学時は心理学を学びたかったのですが、授業内容の関係で変更し、2年次ドイツ語を専攻しました。その中で、外国語と比較しての日本語の意味やズレに興味が出てきたんです」
 言葉の意味を内省するなら母語の方が掘り下げられる。その思いから3年次に日本語日本文学科を専攻した。
「演習で平安時代の資料を読んだんです。その時、現代語より意味が分からない古典の方が面白いと感じました」

  • 方言の変化から分かる日本語史

 先生は博士課程の時、講座教授の専門である方言学の影響を受けた。そして方言を調べるうちに、日本語の方言の形成が、日本語そのものの成り立ちに関わっていることを知る。こうして興味は、方言の史的解釈である言語地理学や、方言史へと広がっていった。
「昭和30年に、国立国語研究所が60歳代以上に行った全国方言調査があります。例えば、現在ではアサッテの次は『シアサッテ―ヤノアサッテ』の順ですが、この時東日本は『ヤノアサッテ―シアサッテ』の順でした。一方、関西では『シアサッテ―ゴアサッテ』でした。標準語のシアサッテは、伝統的言い方でもあった西の言い方を採用し、東のヤノアサッテは意味を1日ずらしたことを表しています。このように、方言分布から共通語の普及の様子が分かります。今の順序が普及するのは昭和40年以降、テレビの影響です」

  • 日本語の歴史と方言の関係

 方言分布の成り立ちは未だ不明で、どの方言のどのような特徴が古いかは十分に分かっていない。
「方言分布の基本的解釈には、文化の中心の言葉が周囲に広がっていくと考える、柳田国男の『方言周圏論』があります。北の東北と、南の九州や沖縄に共通する現象は古い日本語であるという解釈です。これによって、平面的分布から歴史的な解釈が可能となり、日本語の変遷を辿ることができるのです」
 方言境界を調べていくと、文化や地象の境界線まで見えてくるという。
利根川付近を境に、それ以北と以南とで方言が大きく変わります。なぜそこに方言境界があるか調べると、関東平野には6千年前に『奥東京湾』という大きな入り江があり、そこを境界として当時の遺跡分布も異なる。方言にも地形の影響があったことが推定できます。また、雪が多い地方かどうかでも方言境界がある。その境界である1月の平均気温が氷点下になるかどうかでも、日本文化は大きく異なります。このように、方言研究よって新たな文化研究が可能になります」(3月の『学習院大学研究年報』p52参照)
 方言と気候の境界の一致は、中国語や朝鮮語にも見られるという。興味深いことに、それらの地域でも南北文化の境界は同じ位置にある。また、気候が共通すると文化の共通性が高くなる、と先生は指摘する。
「アジアから太平洋にかけ、河川名や類別詞の分布が共通します。古い言語史解明によって河川名が重要であることが分かっています。類別詞などの分布範囲はモンスーン・アジア気候であり、共通する文化特徴が20ほど指摘できます。『モンスーン・アジア』の言語の関連を研究していく必要があります。名誉教授の大野晋先生は、日本語のルーツの一つがインド南部のドラヴィダ語であるという説を提唱されました。あまりに遠く、どのように伝わったのか当時解明困難だったため、否定的に受け取られてきた。ですが、インドはアジア・モンスーン文化圏に入っています。日本語と関係する可能性をまだ否定できないと考えています」
 類型論など新たな視点から、モンスーン・アジアの言語を研究する必要があると力説する先生。言語学はこのようにして、さらに発展していく。

  • PROFILE

安部清哉(あべ・せいや)
 東北大学大学院文学研究科博士課程単位修得。同大学文学部助手の後、フェリス女学院大学助教授、同教授を経て2003年より現職。