チョコレートコスモス

 舞台――それは、日常とは遠くかけ離れたところにある、華麗で目もくらむような別世界である。おそらく、一度は憧れたことがある人もいるだろう。
 とはいえ、表向きの華やかさとは裏腹に、舞台裏ではいつも役者たちの本音と本音、才能と才能とがぶつかり合っている。そこでは常に、熱い「冷戦」が繰り広げられているのだ。
 本書は、そんな舞台で鮮やかな世界を創り出す演劇に、すべてを捧げる少女たちの物語である。役者一家に生まれ、自らも女優として十年のキャリアを持つ響子、人気急上昇中の女優葉月、アイドルながらも舞台に野心を抱くあおい、そして恐ろしいほどの才能を秘めた大学生、飛鳥。それぞれの舞台で活躍する4 人は、高名なプロデューサー芹澤泰次郎の手掛ける大作のオーディションで、一堂に会することとなるのであった。彼女たちは、憧憬と嫉妬の混ざりあった目で、お互いの演技を見つめ合う。その視線はひどく冷静で、甘さや馴れ合いは感じられない。そこには、本物を追求する者だけが持つ真剣さがあった。そういった彼女たちの張りつめた精神状態は、ありありと読者にまで伝わってくる。
 とりわけ、本書の中で印象的に描かれているのは、才能というものの素晴らしさと危うさだ。見る者に強烈なインパクトを与える少女、飛鳥。彼女は何の苦もなく、老若男女あらゆる人物に完璧になりきることができる。だが、その才能ゆえに、厚い壁にぶつかることとなる。
 本書は、演劇をやっている人も、そうでない人にもお薦めの一冊だ。なぜなら、彼女たちが高みに向かって邁進する姿はあらゆる芸術やスポーツのみならず、私たちの人生にも通ずるものがあるからだ。(夏)(恩田陸著 毎日新聞社 税込1680円 2006年刊)