現代アメリカ文学の研究と翻訳

 今回は、英米文学科の上岡伸雄教授です。現代作家の作品を中心に扱い、自らも翻訳をなさる先生。専門である現代アメリカ小説についてお話を伺いました。(取材・構成 掛川千尋

 先生は学生の頃からたくさんの小説を読み、将来は文学系への進学を考えていたという。今でこそアメリカ文学に魅了されている先生だが、当時は翻訳作品の日本語訳に違和感を覚えていた。それゆえ、アメリカ文学とは疎遠だったそうだ。しかし、多くのアメリカ映画を観たことが、その世界へと足を踏み入れるきっかけとなっていく。
「その頃、アメリカ映画に夢中だったので、映画を観て面白かった作品は原作も気になり、しばしば読んでいました。両者は主題が異なることがあり、例えばある作品では、映画版はヒューマニスティックな内容であるのに対し、原作では社会風刺を濃く描いています。そんな両者の違いを比較するところに、アメリカ作品を読むことへの面白さを感じました。作品を読み重ねていくうちに、日本語ではどう表現するのだろうかと疑問に思うことが増え、やがて翻訳の仕事に携わりたいという気持ちが芽生えてきました」
 アメリカ小説と一口に言っても、実に多くの種類がある。先生が数あるジャンルの中から現代アメリカ小説を専攻した理由は、これらの作品が文学の醍醐味である「共感」を最も感じることができるからだという。
アメリカという国は、急速な都市化やコミュニティ性の欠如など、よい意味でも悪い意味でも日本の先を歩んでいますよね。このようなアメリカの現状やそこで生きる人々を鋭く描く作品に魅力を感じます。アメリカの世界に対する影響力が増している時代だからこそ、アメリカを批判的に見る手助けとなる作品が必要なのだと思います」

  • 文学作品の力

「今」という時代を知るために、歴史を学ぶことは大切である。そして、その意味でも、文学を読むことは重要であると先生は語る。
「文学には、多くの歴史的背景が横たわっています。これらの作品に触れることにより、歴史や当時の人々の精神を知ることができます」
 歴史や人々の考えのほかにも、文学は私たちにもっと人生を豊かにすることを教えてくれるのだという。例えば、実際には経験できない状況を、文学を通して疑似体験することで、幅広い考えを享受できるようになる。この経験により、すぐに答えを求めるのではなく、一つひとつの事柄を深く考え、どう対処すればうまくいくのかを見極められるようになるのだ。
「小説は、単純な答えやメッセージは提示していません。それゆえ、奥深い小説になればなるほど、読んだ後に掴みようのない感じが残ります。この独特な感覚を何度も味わううちに、物事の本質を考える力が身についていくのです。また、時代を超えても尚、読まれ続けている小説には、人々が抱える普遍的な悩みも描かれているんですね。時代も国も違う人々の思いを知り、考えを共感することで、人間性を高めていくことができるのだと思います」

  • さらなる作品の浸透を目指して

 昨今、若者の思慮の浅さを指摘する声も多い。それは若者の小説離れも原因の一つではないか、と先生は言う。
「最近の学生は、音楽ひとつをとっても、特定のジャンルにしか興味を示さないなど、生きている領域が狭いようです。広い世界を見るためにも、学生たちには、意見や感情を細やかに描いている文学に多く触れてもらいたいですね。そして、様々な考えを自分の中に取り入れ、物事の本質を見抜くことのできる人になってほしいと思います。そうすれば自然と、単純なレトリックに惑わされなくなりますから」
 現代アメリカ小説は古典的なものに比べると、未だに学生への理解は十分ではない。だが、人々の根底に根付く精神を描いた作品は、己を大きく成長させる可能性を多いに秘めている。文学の素晴らしさを伝えたいという先生の熱き思いは、今後の研究を発展させていく原動力となるだろう。

  • PROFILE

上岡伸雄(かみおか・のぶお)
 東京大学大学院人文科学研究科英語英文学専門課程修士課程終了。同大学文学部英語英米文学科助手、明治大学文学部教授を経て、05年より現職。