プロに尋ねる浴衣のいろは

 浴衣について基本的な知識を得たら、次は実際に浴衣を着てみよう。その時、注意すべきことについて、50年以上の歴史を持つ老舗呉服店、「目白なら屋」の店主、田中允子氏にお話を伺った。
 そもそも、日本人にとって浴衣とはどのような存在だったのか。「私たちが幼かった頃は、家で浴衣を着て過ごすことが日常でした」と田中氏は過去を振り返る。しかし、浴衣の生活への浸透性が低くなった現在、私たちが浴衣を着る機会は限られている。その現状を見て、田中氏は「浴衣は日本人の知恵です。洋服にはない利点が多々あります」と話す。「浴衣は体型に関係なく、ひとつの反物で作ることができるので、たいへん合理的です。さらに、古くなった浴衣は、生地が柔らかくなっているので、昔は雑巾や赤ちゃんのおしめとして再利用していました。とても経済的ですね。浴衣には、ものを決して無駄にしないという日本人の精神が表れているんです」。このように、一昔前まで、日本人にとってとても身近な存在だった浴衣。そんな浴衣に初めて触れる浴衣ビギナーが、気をつけるべきことはどんなことなのだろう。 
 まず、浴衣を着る際に、何か心構えは必要なのだろうか。田中氏の答えは「NO」だ。「和装をするからといって、緊張したりせず、気楽に浴衣を着てください。Tシャツを着るような感覚で、浴衣を楽しんでほしいですね」。
 だが、心に留めておくべきことはあるという。「浴衣は、長い歴史の中で育まれた日本の伝統文化です。浴衣を着る時には、その「文化」を身にまとっているのだ、という意識は持っていた方がいいでしょう」。
 さらに、田中氏は「粋」の心を忘れてはいけないと語る。「浴衣や着物は、上品に、そして清潔に着こなすことが大切です。女性も男性も、美しく着崩すことで、色気が出てくるんです。その絶妙な着こなし方が、ひいては「粋」の心になるでしょう」。ここ数年、膝丈の浴衣など、若者向けの斬新なデザインの浴衣が増えている。自由に浴衣を楽しむことは大切だが、和装の基本である、「粋」の心を忘れてはいけないのだ。
 さて、浴衣を着てみると、時間が経つにつれて形が崩れてくることがある。そのような着崩れを防ぐためにはどうすればいいのだろうか。「第一に、自分の体に合った寸法の浴衣を選ぶことが基本です」と田中氏は言う。現在は、身長の高低に関係なく浴衣を楽しめるように、幅広い寸法の浴衣が売られている。その中から選ぶのも良し、自分の体に合わせて浴衣を作るのも良いだろう。
 また、浴衣を着付ける段階にも、着崩れを防ぐポイントがあるという。「帯を結ぶ前に、腰紐できちんと固定してください。腰紐がゆるいと、浴衣はすぐに着崩れてしまいます」。ちなみに、着付けを上手に行うためには、体型の補正が大きな鍵になるという。「特に、女性の場合、下着やタオルなどで上半身の体型補正をすると浴衣が着やすくなります」。もともと、日本人は胴長で寸胴な体型。浴衣もそのような体型に合うように作られているのである。
 もちろん、着崩れは、姿勢や所作によっても起こってしまう。特に、歩き方には注意が必要だと田中氏は話す。「脚を広げて歩くと、浴衣がはだけてきてしまいます。歩く時は、膝と膝とをくっつけるようなつもりで、やや内股で歩きましょう」。普段、洋装で歩く時とは違い、歩行にも意識を向ける必要があるのだ。
 最後に、田中氏は学生にアドバイスをくれた。「浴衣を着こなすためには、とにかく浴衣に慣れることが重要です。着慣れることで、所作や姿勢も美しくなりますし、粋な着こなしも自然と出来るようになりますね」。しかも、浴衣に慣れることで、着物にも挑戦しやすくなるという。
今年の夏こそ、浴衣で過ごしたいと思っている浴衣ビギナーの皆さん。夏を目前に控えたこの時期から、密かに浴衣を着る練習をしてみてはいかがだろうか。そうすれば、暑い太陽の下、浴衣の似合う涼やかな粋人として、周りから注目されること間違いない。(賀来潤恵)