縮めよう舞台との距離

 学生の舞台への意識が明らかになったところで、特に注目すべきは、演劇に興味はあるものの、劇場に行った回数が少ない人の存在だ。彼らが舞台に近づくための方法はあるのだろうか。本学の卒業生で、東宝・シアタークリエ支配人の山恕W奈保子氏にお話をうかがおう。
 まず近年、学生は研究対象として演劇に触れることが可能となった。それに関して、山恕W氏は次のように話す。「舞台を研究する人が増えていることは、大変喜ばしいですね。そのような方々が、新しい発想で演劇を盛り上げてくれると良いと思います」。
 だが、演劇を学ぼうとする人や、観劇好きな若者がいる一方で、舞台に親しみを持てない学生が多いのも確かだ。その主な理由の1つに、決して安くはないチケットの値段が挙げられる。価格に気後れしてしまい、なかなか劇場に行けない学生に対して、山恕W氏は「学割など、学生に優しい特典のある劇場は多数あります。情報雑誌やインターネットなどで、こまめに情報を探してみて下さい」とアドバイスをくれた。
 また、若者の足が劇場から遠のいてしまう理由として、「格式が重んじられる」という固定観念が邪魔をしている場合もある。「確かに、舞台には近寄り難いイメージがあるかもしれません。けれども、それは大きな間違いです」。山恕W氏は、演劇初心者がそのような誤った考えを抱いてしまう原因は、作品の選び方にあるのではないかと指摘する。「初心者の方は、歴史的に有名な作品や、高名な演出家の作品を選んでしまいがちです」。しかし、その一見安全そうな選択基準に落とし穴があるのだという。「例え世に広く知られた作品であっても、全ての人が等しく楽しめるとは限りません。またいわゆる名作の公演には、その性質上、玄人の楽しみ方をするお客様がいらっしゃることもあります」。つまり、作品の知名度だけでなく、他の観点からも作品を選定する必要があるのだ。
 それでは、我々が作品を選ぶ際に、最も重視すべきポイントとは何なのだろうか。「やはり、自分の好みに合う内容の作品を見つけることでしょう。チラシのあらすじを読んで、面白そうだと直感したものをピックアップしてみて下さい」。
 また最近は、映像技術の発達により、DVDやテレビを通じて演劇を楽しめる機会が増えつつある。そのことについて、山恕W氏は「東宝では、舞台の映像化は行っていません」と断った上で、「DVDやテレビ放映は、それを観た方が直接劇場に来る良い機会になると思います」と語った。「いくら質の高い映像でも、実際の舞台の臨場感や、公演時間を共に過ごす観客席の一体感を体験することは出来ません。ですから、DVDなどで演劇を観た方は、自然と『生で演劇を観てみたい』という気持ちになるのではないでしょうか」。映像で舞台に接することで、演劇への偏見を捨てることが、初心者には肝要なのだろう。
 最後に、観客に舞台を提供する側の人間として、山恕W氏は演劇をどのように捉えているのかうかがった。「舞台は、数ある娯楽の内の1つです。幸せな気分になるための、そして明日への活力を補うための手段として、気軽に演劇を楽しんでもらいたいですね」。
 一般の学生が舞台を眺める視点は、難しい理論や知識が頭にない分、明るく、自由であるはずだ。そして、その視点があるからこそ、演劇の持つ「娯楽」の側面は生き続けるのではないか。素人であっても、舞台の発展を促す一端となり得るという自信を持ち、劇場に飛び込んでみてほしい。その一歩が、あなたの人生に新たな彩りを添えてくれるかもしれない。(賀来潤恵)