明け広がる学問の新境地 

 今まであまりなじみのなかった「学問」として見た演劇は一体どのようなものなのだろうか。実際の研究現場の声を聞いてみた。今回お話をうかがったのはフランス語圏文化学科教授でもあり、舞台芸術を専門としている佐伯隆幸(りゅうこう)教授。大学時代から演劇の現場に実際長く携わったことがあり、研究者と現場の人間との両方の視点を併せ持っている人物である。
 そこで、まずは身体表象文化学という大枠から見て現代社会に起こっている現象について尋ねてみた。「今は言葉が軽くなってきているように思います。例えば、肌の色は本来的にはどうでもいいことです。それが『肌が白いことが美しい、良いことだ』という概念が作り上げられてしまう。すると肌が白いことが実際どうなのかに関係なく、『美白』というレッテルによって美白に価値が生み出されると言えます」。もの自体の価値ではなく、言葉によって生み出された付加価値に惹きつけられる現代人。言葉が独り歩きするにつれて、実体を伴わない「軽い言葉」が増えてしまったのだろう。
 舞台もこの「言葉」を使って表現する芸術のうちの一つである。ただし、舞台においては言葉だけが伝達手段ではない。「近代の演劇というのは台本に書かれた台詞をどのように読み、表現するかということが先行されてきました。ところが現代の芸術はテクスト研究だけに留まりません。それよりも、身体の存在を言葉に頼らずにどう表現するかというのも大きな問題となります」。
 また、マンガや映画などの繰り返し見られるものと違い、演劇というのは一回限りという性質をもつことも課題となる。「劇はマンガや映画などと違って一瞬の芸術と言えます。ですが、一方で広いレンジで見れば、マンガや映画などと比べて最も歴史がある芸術とも見られますね」と、多角的な掴み方で、画期的な思想を提示した佐伯教授。このように舞台芸術というのは多種多様な要素が複雑に絡み合い、研究の切り口も実に様々だ。
 では、舞台芸術を研究するために求められる姿勢は何であるのか聞いてみた。「現場の人間はもっと学問的知識を得るべきだし、学者は現場の舞台に触れて経験を積むべきでしょう。バランスの取れた物事の見方が必要ですね。現場における知と、学問的な知を交差させていくことが舞台芸術の目指していくところです。その為にはどちら側の人間にも参加して欲しいと思います」。
 既存の分野や体系に捕らわれず、新たな枠組みを作り出した本学大学院。日々移り行く現代社会に柔軟に対応していこうとする取り組みは、私たちにとって今最も要求されている能力である。この新たに始まった研究も、変化がめまぐるしい現代社会における諸問題の解決の糸口となることが期待される。(和田恵理子)